社長が本気になって生き返ったホール

 

少し昔だが、サラリーマンから独立してホール経営を始めた社長の話である。

 

200台あまりのホールを家賃200万円の賃貸でスタートさせた。ぎりぎりの開業資金。外装を少し変えた程度だった。

 

隣接するホールは超優良店。それまでのホールに客は0の日も少なくなく、マイナスからのスタート。非常に危険な賭けだった。

 

釘調整の失敗から開店3日で1カ月分の運転資金を使い果たした。客の数よりスタッフの数の方が多いくらい。1桁の客入りがず~と続いた。

 

その社長についてきた幹部3人も、2カ月後には全員が辞めた。いくら努力しても稼働は上がらず、給料を取ることが忍びなかったからだ。

 

業者への支払いも滞った。誰もがもう終わった、と思った。

 

そこから社長は新たなスポンサー探しに奔走した。そして、見つかった。

 

店名も改め、内外装も全面リニューアルして新たな船出をした。今度はスタートダッシュに成功した。

 

しかし、1週間で社長は新たな決断を下した。

 

4円は捨てる!」

 

4円の客は競合店に任せ、「2円、1円」に方向転換した。目指したのは地域密着。

同じ失敗は繰り返されない。社長は今回のリニューアルに命を賭けていた。

 

自宅には帰らずホールの2階に住み込んだ。そして、自らホールの表回りを始めた。

スタッフもやる気のあるものだけを残し、最小限の人数で回した。

 

早番はカウンターを含めて2人。遅番は3人。役職者であろうが事務所にいることはない。表回りもいとわない。

 

社長はあえて身分を明かして表回りをした。社長と分かると「玉がでない」というクレームから始まり、コミュニケーションが生まれる。地域密着型を標ぼうするように、朝、昼、夜の客とあいさつ、ことばを交わし、積極的にコミュニケーションを図ることを始めた。

 

「地域密着して生まれ変わったことを見せようと思ったら中途半端なやり方ではダメ。それで4円も捨てた。『おはようございます』のあいさつをして、お客さんから返してもらうまで時間もかかった」

 

ある日、花の慶次で打っていたおじいちゃんに社長が近づいてみた。せっかく役モノが開いているにもかかわらず打ち方が弱いために入らない。

 

そこで、ハンドルを持って、狙いどころを教えたら「パチンコ屋で、こんなことしてくれたのは初めてや」

 

それから毎日来るようになった。

 

「きょうはカネがないから帰るからな」とわざわざ社長に声を掛けるようになった。

 

閉店後にネオンが点いていると「お~い、ネオンが点いてる。もったいないから消せ」と注意してくれる客も。

 

「スタートは目茶目茶回している。年金生活で毎日来たい。それを見ているととても釘は閉められない。限界まで行ったれ!ですわ。せっかく通ってくれている人を裏切りたくはない。この稼働を維持するために」

 

新台入れ替えも月2回行えるようになった。ちなみに、平日は午前中~午後は4050人、夜で100人あまり。土日はピークで150人。1桁の客しか入らなかった半年前が嘘のようである。

 

200台のホールでこれほどの稼働なのに少ない人数で回すのは「非効率から生まれる人間関係を築き上げるため」。

 

ホールの住み込み生活も半年を迎えた。

 

「やっと芽が出てきたので、もう半年住み込んでみる」

 

社長がここまでやれば、まだまだパチンコ業界の潜在的パワーは引き出せる。