4月 06日, 2021年
かつては、子供のおもちゃの中でもパチンコは人気商品だった。中でもパチンコを主力としていたのが玩具メーカーのアガツマだ。 最後のパチンコ機となった「アンパンマンおしゃべりフィーバーDX」が発売されたのは2011年頃。この年は東日本大震災があった年で、電力不足問題のさなか、東京都の石原都知事からパチンコが激しくバッシングを受けた年でもあった。 おしゃべりフィーバーのカスタマーレビューでは、賛否に分かれた。 まず、賛成派の意見を2つ。
3月 06日, 2021年
業界回顧録となる。平成が始まったころの話である。 地方へ1号店を新規出店。パチンコは出店するだけ儲かる時代で、2年ほど経って2号店を出店した。その時の新聞広告が地元で話題をかっさらった。 その地方では折り込みチラシよりも、新聞紙面に広告を打つことが主流だった。地方紙の全3段を使い、赤文字で「出します」。片隅に店舗名と開店時間を小さく載せた。単純明快なコピーが地元ファンをざわつかせた。
2月 06日, 2021年
自営業のAさん(59)は、3年前に緑内障を発症し、その後失明してしまった。緑内障は日本人の失明原因のトップでもある。 Aさんは自営業でおカネと時間には余裕があったので、失明するまではパチンコ三昧の日々を送っていた。今でもパチンコの夢を見るぐらい、パチンコをしたくてたまらない。 失明したらもうパチンコはできないのか?
1月 06日, 2021年
コロナ騒動に明け暮れた2020年から丑年の2021年を迎えた。牛は昔から食料としてだけでなく、農作業や物を運ぶときの労働力として、人間の生活に欠かせない動物だった。勤勉によく働く姿が「誠実さ」を象徴し、身近にいる縁起の良い動物として十二支に加えられたようだ。 勤勉で誠実なのは日本人らしさでもあるように、2021年は何とか明るい1年になってもらいたい。今年6月末までには8000万人分のワクチンが供給される見通しだ。後は無事に東京オリンピックが開催されることを祈りたい。
12月 06日, 2020年
パチンコメーカーの技術者(33)が、業界内再就職を考え、2社の面接を受けるも、2社とも落ちてしまった。経験は7年で経歴としては中堅の域に達していたが、落ちたのには落ちたなりの理由がある。 業界内再就職を考えた理由は、身に着けた技術が他業界では通用しない、という単純な理由だが、前職でヒット機を手掛けた実績もなければ、採用されることもないだろう。
11月 06日, 2020年
スタートは40台のスロ専だった。当時は8枚交換の時代。2号店は60台のスロ専。今度は10枚交換で営業した。この成功をきっかけに店舗を拡大。専門店2店舗は売却し、現在はホールを3店舗運営している。 「等価は時代に合っていない。パチンコは40玉の時代なのに、等価にしがみついているからダメ。目標とする40玉にするにはそれなりの準備が必要になる。お客さんに慣れてもらうために30玉交換の段階を踏んでいかなければならない。近くの競合店が等価だからと踏み切れないからダメ」(ホールオーナー)
10月 06日, 2020年
かつて、フジテレビ系で容姿に自信のない女性の悩みを美容整形で解決させる「ビューティーコロシアム」という番組が放あった。2001年から2011年まで10年近く放送されていたので、観たことがある人なら登場する女性がどんなレベルで、どこまで変身できたかが分かるだろう。
9月 06日, 2020年
百貨店の客様相談室で苦情処理を担当していた人が、その後独立して苦情・クレーム対応アドバイザーを行っている。関根眞一氏がその人。 百貨店には34年間在職した。最終の8年間を全国4店舗の客様相談室を担当。こじれた苦情・やくざ・クレーマー・詐欺師等特殊な客を専門に1300以上の苦情を対応した。
8月 06日, 2020年
サッポロビールとLIXILのテレワークの実態をオンラインで聴講する機会があった。共に日本を代表する大企業だが、想像以上にテレワークが進んでいた。 特に驚かされたのはLIXILだ。同社は昨年12月に東京都江東区のLIXIL WINGビルに本社機能を集約したばかりだった。都内などに分散していた事業所を本社に移転。約5000名の社員が部門を超えたコミュニケーションができる新しい職場環境作りのために、さらにチームの生産性を高める場が本社移転だった。
7月 06日, 2020年
その店長は鳩サブレーの袋を見ると常連客だったおばあちゃんの姿を思い出す。 おばあちゃんは毎日決まって鳩サブレー缶を持参して11時に来店して、15時には帰るパターンを繰り返す常連客だった。 鳩サブレー缶の中には折り紙が入っていた。 おばあちゃんは負ける金額を決めていて、それを使い切ると休憩室で折り紙を折るのが日課だった。その一方で、確変で玉が出ていても帰宅時間の15時になると途中でも打つのを止めてしまうのが常だった。どうやら帰る方を優先した。

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